東京大学生命科学シンポジウム2010

地球上の生命に関する不思議や、病気の原因や治療方法の開発、生命科学と人間社会の関わりなど、東京大学では多種多様な分野の研究と教育を進めています。

海の砂漠における窒素固定

 亜熱帯外洋域の表層では、一年の大半にわたり窒素やリンなどの栄養塩濃度が定法の検出限界以下に維持されていて、生物の密度は極めて低い。このような栄養塩が枯渇した海は、「海の砂漠」と呼称されている。私たちは、定法よりも検出感度が2桁高い栄養塩分析法を用いて亜熱帯太平洋表層の栄養塩の分布をナノモルレベルで調べてきたが、その結果、硝酸塩はほぼ調査海域全域にわたりナノモルレベルでも枯渇しているのに対して、リン酸塩は余っている、つまり窒素が足りないために生物に利用されていないことが分かった。ところが、西部北太平洋の北緯15°~25°付近ではリン酸塩も枯渇する特異な海域が存在することも明らかになった。窒素の枯渇域には窒素固定者が広く分布するが、このリン酸枯渇域では隣接海域よりも窒素固定が活発であるため、リン酸塩が消費され尽くしたのである。
 では、なぜこの海域の窒素固定が高いのだろうか。大気シミュレーションによる解析から、この海域ではアジア大陸からのダストにより鉄が供給されて、窒素固定が高まる可能性が出てきた。鉄が不足しやすい海洋表層ではニトロゲナーゼの補因子である鉄の供給が鍵となる。海洋には、単細胞性シアノバクテリア、大型群体形成種など多様な窒素固定者が出現するが(写真)、リン酸枯渇海域では単細胞性種が卓越する。これらの種は低濃度の鉄の利用能が高いようだ。
 ニトロゲナーゼの鉄タンパクをコードするnifHの解析によると窒素固定者は系統群によって海域分布が異なるようである。これらの生理生態特性はほとんど分かっていないが、太平洋からの単細胞性シアノバクテリア単離株では増殖速度がある程度以上速くなると、むしろ窒素固定活性は下がり細胞外からの窒素取込みへの依存性が増すこと、従属栄養性の窒素固定者にはnifHが検出されながら活性を全く示さない株が少なくないこと等、興味深い事実が明らかにされつつある。これまで、生物量が低く変化に乏しいとされてきた海の砂漠の実験は、ディズニー映画の古典「砂漠は生きている」さながらに、ダスト降下などのイベントに多様な窒素固定者が応答する動的な生物活動の場であるといえる。

海洋に出現する代表的な窒素固定者. 左から大型群体を構成するTrichodesmium thiebautii、珪藻と共生するRichelia intracellularis、単細胞性シアノバクテリア(2株混在)

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古谷 研
古谷 研
農学生命科学研究科

略歴
1975年 :
東京大学理学部生物学科卒業
1981年 :
東京大学大学院農学系研究科水産学専攻
博士課程修了
同 年 :
東京大学海洋研究所助手、三重大学生物資源学部助教授などを経て、
1999年 :
東京大学大学院農学生命科学研究科教授

参考資料
Hashihama, F., K. Furuya, S. Kitajima, S. Takeda, T. Takemura and J. Kanda (2009) Macro-scale exhaustion of surface phosphate by N2 fixation in the western North Pacific. Geophysical Research Letter, 36, L03610, doi:10.1029/2008GL036866
Kitajima, S., K. Furuya, F. Hashihama, S. Takeda and J. Kanda (2009) Latitudinal distribution of diazotrophs and their nitrogen fixation in the tropical and subtropical western North Pacific. Limnology and Oceanography, 54, 537-547.
Shiozaki, T., K. Furuya, S. Kitajima, T. Kodama, S. Takeda and J. Kanda (2010) New estimation of N2 fixation in the western and central Pacific Ocean and its marginal seas. Global Biogeochemical Cycles, doi:10.1029/2009GB003620, in press.

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