東京大学生命科学シンポジウム2010

地球上の生命に関する不思議や、病気の原因や治療方法の開発、生命科学と人間社会の関わりなど、東京大学では多種多様な分野の研究と教育を進めています。

迅速な適応性~昆虫の学習と進化ゲーム~

 適応は、2つの微妙に違うニュアンスでしばしば用いられる。片や、生理的には個体の表現型が環境にうまく合うことを意味し、他方、進化生物学としては、遺伝的変異にかかる自然選択により適応度が増進するため、適応的な状態が形成されると説く。動物の学習行動や表現型可塑性は、個体 1世代の時間スケール内で迅速にさまざまな対応が可能であり、これにより生理的適応や行動的適応を示す。これに比べて、突然変異と自然選択による進化的適応ははるかに長い時間を要する。
 動物が示すこの2つの時間スケールでの適応は、19世紀末~20世紀前半のボールドウィンやシュマルハウゼンによってその関連性のメカニズムが示されたが、その理解は広くは浸透しなかった。同様に、1970年代に提唱された進化ゲーム理論は、ゲーム理論創設者のナッシュの理論(非協力平衡解)をダーウィンの進化論に応用したものである。これは、生物集団での進化的適応や社会学習の場面でよく使われているが、進化か学習かの区別として進化ゲーム理論を意識する専門家はほとんどいない。よって、2つの時間スケールでの適応性を、双方からきちんと関連づける理解が求められている。
 今回の講演では、寄生蜂やショウジョウバエを材料にして、性比調節の進化ゲーム理論の予測に合う行動や、性比調節の進化には変異が遺伝すること(ダーウィンが考案した自然選択が作動する3条件の一つ)、さらには、寄生蜂の学習がもたらす複雑な個体数動態(宿主2種の交代振動)を示す。最後に、キイロショウジョウバエで報告されたボールドウィン効果の実験を対象に新しいモデルを構築して、迅速な適応性が形成される過程を平易に解説する。このように、表現型可塑性としての学習がもたらす行動的適応は、遺伝的変異への間接効果を介して自然選択による進化的適応を迅速にもたらし、それが表現型可塑性の枠組み(反応基準)を変えていくことで、両者は強い関連性をもっていることを示す。

豆内のマメゾウムシ幼虫に寄生するゾウムシコガネコバチ

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嶋田 正和
嶋田 正和
総合文化研究科

略歴
1978年 :
京大理学部卒業
1980年 :
筑波大学大学院環境科学専攻修了 学術修士
1985年 :
筑波大学大学院生物科学専攻修了 博士(理学)
1985年 :
東京大学教養学部 基礎科学科第二 助手
1992年 :
東京大学教養学部 助教授
1996年 :
東京大学大学院総合文化研究科 助教授
2004年 :
東京大学大学院総合文化研究科 教授
2009年~現在 :
東京大学大学院総合文化研究科 副研究科長

参考資料
-Genome fragment of Wolbachia endosymbiont transferred to X chromosome of host insect. Proc. Natl. Acad. Sci USA 99: 14280-14285, 2002.
-Genetic variation of sex allocation in the parasitoid wasp Heterospilus prosopidis. Evolution 57: 2659-2664, 2003.
-Complexity, evolution and persistence in host-parasitoid experimental systems, with Callosobruchus beetles as the host. Adv. Ecol. Res. 37: 37-75, 2005.
-Adaptation or the effect of global warming? -Numerical simulations for the rapid voltinism change in an alien lepidopteran pest. J. Anim. Ecol. 77: 585-596, 2008
-Rapid adaptation: a new dimension of evolutionary perspective in ecology. Popul. Ecol. 52: 4-14, 2010

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