東京大学生命科学シンポジウム2010

地球上の生命に関する不思議や、病気の原因や治療方法の開発、生命科学と人間社会の関わりなど、東京大学では多種多様な分野の研究と教育を進めています。

パーソナルゲノム医療の実現をめざして

 疾患は,遺伝学的な観点から,家族性に発症が見られる遺伝性疾患と,そのような家族性の発症が見られない孤発性疾患に大きくわけることができる.頻度の点では,前者はまれなもので,後者は頻度が高い.
 遺伝性疾患については,疾患遺伝子を探索する方法論が確立され,多くの疾患について,その病因遺伝子の解明が実現し,治療法の開発研究も精力的に進められるようになっている.
 一方,孤発性疾患については,遺伝的要因や,環境要因などが重なり合って発症するのではないかと考えられている.孤発性疾患の発症に関わる遺伝的要因の探索は,現在,ゲノム上の領域毎にその領域を代表するような多型(1塩基多型)を,50万種類程度用いて網羅的に解析し,患者群と健常者群で1塩基多型の出現頻度の異なる領域を探し出すという解析(ゲノムワイド関連解析)がよく行われている.頻度の高い多型を用いることにより,疾患感受性遺伝子を探索する研究パラダイムは,common disease-common variants 仮説に基づいている.しかしながら,ゲノムワイド関連解析によって見出される疾患感受性遺伝子は,疾患発症に与える影響力が小さく,疾患の病態機序の全貌を理解できるまでには至っていない.
 私達の研究室では,最近,パーキンソン病患者534名について塩基配列レベルの詳細な解析を行い,glucocerebrosidase (GBA) 遺伝子のヘテロ接合性変異が9.4%に見られるのに対し,健常者集団では0.4%と少なく,28.0という高いオッズ比を与えることを見出し,パーキンソン病の発症機序に,GBAが重要な役割を持つことを明らかにした.ここで見出されるGBA変異には多種類のものが含まれており,common disease-multiple rare variants仮説に基づくアプローチが必要であることを示している.このような変異(multiple rare variants)は,ゲノム関連解析では見出し得ないものであり,網羅的なゲノム配列解析が必要であることを示している.
 これまでは,網羅的ゲノム配列解析を,1人,1人に適用することは,非常に困難であったが,最近になり,次世代シーケンサーが実用化され,その解析能力が爆発的に増大しており,パーソナルゲノム(全ゲノム配列)の解析が可能になりつつある.このようなパーソナルゲノム解析は,全ての疾患の発症機序の解明に大きく貢献すると期待されるだけでなく,近い将来,医療にも取り入れられ,医療パラダイムも大きく変わると期待されている.

アレル頻度とEffect sizeに基づく疾患関連遺伝子探索パラダイム

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辻 省次
辻 省次
医学系研究科

略歴
昭和51年 :
東京大学医学部医学科卒業
昭和56年 :
自治医科大学神経内科助手
昭和59年 :
National Institutes of Health, Visiting Fellow
昭和62年 :
新潟大学医学部附属病院神経内科助手
平成3年 :
新潟大学脳研究所神経内科教授
平成13年 :
新潟大学脳研究所所長
平成14年 :
東京大学・大学院医学系研究科
脳神経医学専攻・神経内科

参考資料
1.Mitsui, J. et al. Mutations for Gaucher disease confer a high susceptibility to Parkinson disease. Arch Neurol 66:571-6, 2009.
2.Sidransky E. et al. International multi-center analysis of glucocerebrosidase mutations in Parkinson disease. New Engl J. Med. 361:1651-1661, 2009

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